東京高等裁判所 昭和25年(う)5149号 判決
記録を調べてみるに、原判決がその判示事実第一の(四)として、被告人が昭和二十四年六月中旬静岡県加茂郡下田町四百五十一番地洋服仕立販売業河井松造方において、同人を欺罔し、同人に対する洋服代金(同年五月中同人に注文して受け取つたもの)一万一千円の支払を免れて右同額の財産上不法の利益を得た旨の事実を認定しているのに対し、検察官の本件起訴状には、公訴事実の第二として、被告人が、昭和二十五年六月中旬(起訴状には同年なる言葉を使つているが、前後の連絡上、右同年とは、昭和二十五年を指すものと認められる。)前示河合松造方において、右判示と同様な詐欺を行つた旨の記載があつて、起訴状記載の公訴事実と、原判決の認定事実との間には、前示河合松造に対する詐欺の日時の点につき、一年間の相違があることは、所論指摘のとおりである。而して、原判決が該事実認定の資料として挙示している証拠中、検察事務官に対する被告人の第四回供述調書には、同人の供述として、右犯行は、昭和二十五年の事実であるように記載されておるのに対し、国税庁監察官に対する河井松造の第一回供述調書には、同人の供述として、右事実は、昭和二十四年中の出来事のように記載されており、又押収にかかる証第六号河井松造の昭和二十四年度所得税一万一千六百十七円の領収証書の作成年月日は、昭和二十四年六月三十日となつていて、右犯行日時の点につき、前示被告人の供述調書と、他の証拠との間には、相違があるのでそのいずれを採用するかによつて右犯行日時の認定に一年の相違ができることは己むを得ないところであるが、しかし兎に角、起訴状には、前示の如く右犯行の日時につき、昭和二十五年と記載されているのであるから、検察官よりは、昭和二十五年の事実につき起訴があつたものと解すべきが当然である。よつて原裁判所においては、もし審理の結果、その取り調べた証拠によつて前記犯行が起訴状の記載と異なり、原判決の認定したように、昭和二十四年中の事実であることが認められるような場合には、公訴事実の同一性を害さない限度において、検察官を促して、訴因を変更させた上、原判示のように認定するか、それができなければ、公訴事実は犯罪の証明がないとして、この点につき、無罪の言渡をしなければならない筋合である。然るに、その後この点につき、検察官から訴因の変更等の申立があつた形跡が記録上少しも認められないにもかかわらず、原裁判所は何等の措置を講ずることなしに、そのまま弁論を終結の上、犯行日時につき、公訴事実と一年間の相違ある事実を漫然認定して被告人に対し、有罪の言渡をしているのであるが、これでは、昭和二十五年六月中の犯行を起訴したのに対し、昭和二十四年六月中の犯行を認定したのであるから、判示事実と公訴事実との間に事実の同一性を欠くものと認めるの外なく、結局、原判決は所論のとおり審判の請求を受けた事件について判決をせず、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるものと言わなければならない。